英語の「不規則変化動詞」の歴史 (アプラウトとウムラウト)

英語のいわゆる「不規則変化動詞」は、不規則といいながら実はいくつかのパターンがある、というのは中学生のころに誰しも気づくことだと思います。いまネットで検索しても、不規則変化動詞のパターンについて解説している語学系のコンテンツがいくつも見つかります。

この記事では英語を含むゲルマン語派の歴史に目を向けて、英語の不規則変化動詞の成り立ちについて考えていきます。といっても、不規則変化動詞の成り立ちは多岐にわたるので、この記事では2つのパターンに絞って見ていくことにします。

(1) アプラウト (sing-sang-sung)

一つ目に取り上げるのは、sing-sang-sung や drink-drank-drunk のようなパターンです。語中の母音の綴りが I-A-U のように交替するパターンですね。(現代英語では実際の発音は ɪ-æ-ʌ ですが、この記事ではそこには立ち入らないことにします。)

このパターンの変化はとても歴史が古く、英語とは兄弟関係にあるドイツ語にもそっくりの変化が見られます。はるか有史以前にさかのぼって、英語やドイツ語を含むゲルマン語派の共通祖先の言語(ゲルマン祖語) に、すでに同様の母音交代が存在したと推定されています。このような母音交替をアプラウト(Ablaut)と呼びます。

英語やドイツ語の兄弟であるオランダ語でもやはり同様の変化が見られます。千年前までさかのぼると、英語とドイツ語とオランダ語はまだとてもよく似た言語だったようです。

英語やドイツ語とは少し離れた、いわば従兄弟の関係にある北欧の諸言語(スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語、アイスランド語)でもやはり同様の変化が見られます。なかでもアイスランド語は千年前のヴァイキングの言語からあまり変化していないのが興味深いです。

同じく英語の従兄弟ながら千年以上前に滅んだゴート語にも同様の変化があるのが面白いです。(母音の後の綴りが gg になっていますが、発音は英語の ng と同じと思われます。ギリシャ語もこういう綴りかたをしますね。)


【補足】ゲルマン語派の系統樹


(2) ウムラウト (think-thought-thought)

二つ目に取り上げるのは、think-thought-thought や bring-brought-brought のようなパターンです。過去形と過去分詞の語尾が t で終わるという点では send-sent-sent や spend-spent-spent のようなパターンと似ていますが、それだけではなく、語中の母音も変化しています。

ではなぜこのような母音の変化が生じたのでしょうか? think の場合、ゲルマン祖語では不定詞や現在形のときには語尾に母音 i がありました。i はとても鋭い母音です。この i に引きずられる形で前の母音が変化しました。このような母音の変化を i-ウムラウト(i-Umlaut)と呼びます。やがて語尾が簡略化され i そのものは消失しましたが、i によって引き起こされた母音の変化は残りました。

つまり「過去形や過去分詞は母音が変化する」のではなく、むしろ現在形のほうが母音の変化した語形であって、過去形や過去分詞のほうが本来の語形に近いのです。

北欧の諸言語で think に相当する動詞を調べると、過去形・過去分詞だけでなく現在形や不定詞もすべて i-ウムラウトで変化しているようです。

【補足】ゲルマン語派の動詞の活用について

現代英語の一般動詞 (be動詞以外の動詞) は、三単現の s を除き、主語に応じた語尾の変化がありません。しかしドイツ語などは主語の人称と数に応じた動詞の活用があります。これはゲルマン語派を含むインド・ヨーロッパ語族の特徴であり、英語もかつてはドイツ語に似た動詞の活用がありました。

しかしいちいち全ての語形を表で示すのは煩雑なので、この記事では 不定詞-一人称単数過去形-三人称複数過去形-過去分詞 の4つの語形のみを示しました。この4つの語形を代表として示せば、活用の特徴が分かるからです。(古英語は主語が複数のときの人称変化がすでに失われたので、三人称複数過去形に代えて複数過去形を示しました。)