横文字と縦文字

 「アジア」という言葉を僕らはよく使うが、よくよく考えるとこれはかなり乱暴な用語である。現在、ユーラシアには、ヨーロッパ文明、イスラム文明、インド文明、そして我々の東洋文明という大きく4つの文明圏があると僕は見ている。「アジア」という言葉は、ユーラシアのうち、ヨーロッパ以外の全てをさすわけだが、そこにはイスラムあり、インドあり、東洋(中国、日本、韓国朝鮮)ありで、けっして一枚岩ではない。ヨーロッパ文明圏に対してアジア文明圏という一つの文明圏が存在するわけでは決してないのである。「アジア」というのは、あくまでヨーロッパ人から見て「自分たち以外のユーラシアの総称」という意味に過ぎないのであって(ていうか、「ユーラシア」という言葉はそもそも「ユーロ(ヨーロッパ)」+「アジア」という造語なわけだが。)、東洋人の僕らが「アジア」という言葉を使うのは本当はおかしいと思う。
 ヨーロッパ、イスラム、インド、東洋に、しいてどこか1箇所で境界線を入れるとしたら、むしろインドと東洋の間に入ると僕は思う。ヨーロッパ〜イスラム〜インドは比較的地続きだが、インドと東洋の間には大きな隔たりがあるように思うからだ。それは横文字と縦文字という、文字の違いに代表される。
 ヨーロッパで使われるアルファベット(ラテン文字ギリシャ文字キリル文字)は古代フェニキア文字が起源であり、イスラムで使われるアラビア文字ペルシャ文字、およびインドで使われるデーヴァナーガリー文字ベンガル文字などは古代アラム語が起源である。古代フェニキア文字と古代アラム文字はともに古代オリエント文明発祥である。両者は密接な関係にあり、ともに古代シナイ文字を起源とするともいわれる。つまり、ヨーロッパ、イスラム、インドで現在使われている横文字の大半は起源を同じくするわけである。
 これに対して東洋では漢字という、独自の表意文字(正確には表語文字。日本においてのみ表意文字。)を縦書きで用いている。漢字は古代黄河文明の甲骨文字を起源とし、独自の発展を遂げて約二千年前にほぼ今の形に整い今に至っている。世界の主要な文字体系の大半がオリエント起源である中で、漢字(およびその影響下で生まれた仮名やハングルなど)だけが非オリエント起源なわけである。
 僕はこの漢字というユニークな文字体系が大好きである。あまりにも文字の数が多くて、コンピュータの世界に「漢字問題」という厄介な問題を引き起こしてくれたけれども。