中国語と漢字

漢字は表意文字であるとよく言われる。たしかに日本においてはそうである。たとえば「犬」という漢字は[いぬ]と読もうが、[ケン]と読もうが、哺乳類食肉目イヌ科・学名Canis familiarisという動物を意味する。しかし、言うまでもないが漢字は本来、中国語を表記するために中国で作られた文字である。本家中国においては漢字は正確には表意文字ではなく、標語文字である。
標語文字とは意味と発音をセットで表す文字だ。たとえば「犬」という漢字はCanis familiarisを表すと同時に[quan]という発音を表す。日本語のように一つの漢字に何通りも読み方があるということは、原則的にはない。もちろん、中国語には多くの方言があるので、方言によって発音は異なる。「犬」は北京語では[quan]だが、広東語では[hyun]、上海語では[qyueu]、台湾語では[khian]、客家語では[kien]である。しかし北京語では[quan]以外の読み方はない。
さらにいうなら、中国語では全ての漢字は単音節で発音される。つまり、中国語では意味の最小単位(形態素という)は全て単音節で発音されるのだ。日本語では[いぬ]という単語は[i][nu]の2音節からなるが、[i]だけ、[nu]だけでは意味を成さない。中国語では[quan]という一音節で意味をなす。日本語でも蚊[ka]、木[ki]、火[hi]のように単音節の形態素も存在するが例外的である。英語では[dog]のように単音節の形態素も多いが、[beautiful]=[beau・ti・ful]のように3音節以上の形態素も存在する。このとき[beau]や[ti]だけでは意味を成さない。中国語では全ての音節が単音節でも意味を持つ。
まとめると、中国語とは全ての形態素が単音節である珍しい言語であり、漢字は中国語の形態素の意味と発音をセットで表す表語文字なのである。このような言語と文字体系のコンビは世界でも類を見ない。中国語と漢字は切っても切り離せない関係にある。これが表音文字であれば言語と文字の絆はそう深くならない。たとえばトルコ語オスマン帝国時代はアラビア文字で表記されていたが、トルコ共和国の時代になってからアルファベットで表記されるようになった。中国語ではこういうことは起こらないだろう。(アルファベット表記に移行しようという動きはあったようだが、沙汰止みになっている) なにしろ形態素が単音節なので同音異義語だらけである。表音文字ではワケが分からなくなりそうだ。