トーマの心臓

萩尾望都の「トーマの心臓」は僕のバイブルというべき本だ。
僕はいままで千冊以上のマンガを読んだけれど、その中で一作品を選べと言われたら、「トーマの心臓」か「ドラえもん」かで迷ってしまう。まあそれはさておき、「トーマの心臓」はじっさい、バイブル(聖書)だと思う。キリスト教のテーマであり、人間の真理である、「愛すること」と「信じること」を、少年群像の中に繊細に描き出している。



トーマの心臓」は驚くべき名作だけれども、さらに驚くべきことがある。この作品は1974年、当時25歳の作者によって描かれたのだ。今ほど外国の情報がそう多く入手できなかったであろう当時に、25歳の若さであの作品世界を創り上げたのには驚嘆する。
トーマの心臓」には民族や宗教についての深い造詣が感じられる。作品全体を通じるキリスト教的テーマは言うまでもないが、たとえば、ユーリの髪の色についてのくだり。(今でも白人のなかの民族的差異を理解している日本人は少ないだろう。)  またたとえば「ルネッサンスヒューマニズム」という本をもとにサイフリートが展開する悪魔的思想 (中世キリスト教会の呪縛からの脱却としてのルネサンス精神の極端化)。これが今から30年前に20代半ばの少女マンガ家の手になるものだというのは本当に驚嘆させられる。

萩尾望都はいわゆる「24年組」の代表的な作家で、昭和24年つまり1949年の生まれ。僕の母とちょうど同世代だ。戦後間もない混乱期に生まれ、60年代の高度経済成長期に思春期を過ごし、そして70年代に入って文学的で詩的なマンガを発表するようになる。萩尾望都が「トーマの心臓」発表した2年後、僕は生まれた。そう考えるとなんか不思議な感じがする。僕が生まれる前の60年代、萩尾望都はどんな女の子だったのかな?