「コウ」と読む漢字が多い理由

漢字には、音読みが同じもの(同音異字)が多数あります。たとえば、「吏・利・李・里・梨・理・裏・履・離」。これらの漢字はすべて、音読みが同じ「リ」です。漢字には必ず同音異字があると言ってもたぶん良いだろうと思います。
しかしその中でも、「コウ」と音読みする漢字は特に多いです。手元にある大修館の平成四年版『漢字源』には、「コウ」と音読みする漢字が、じつに336文字もあります。他には「カ」「カン」「キ」「ケイ」「ケン」「シ」「ショウ」「セン」「ソウ」「トウ」「ホウ」などが同音異字の多い読みですが、「コウ」の多さにはおよびません。「コウ」の多さの理由を考えてみました。その理由とは以下の5つです。

  1. [h-] の [k-] への合流
  2. [-ng] の母音化( [-u] への合流)
  3. [-p] の母音化( [-u] への合流)
  4. [-au] の [-ou] への合流
  5. [kw-] の [k-] への合流

各々については後で詳しく述べますが、漢字が中国から日本に伝来しそして日本で時代を経る過程で、もともとは違う発音だった漢字が同じ発音になってしまったのです。漢字の発音の変化にはいろいろ法則性がありますが、上にあげた5つはその中でも代表的なものです。「コウ」はこの5つの法則すべてにあてはまるため、とりわけ同音異字が多いのだと思います。それでは5つの法則それぞれについて述べます。

(1) [h-]の[k-]への合流

古代の日本語には[h]の発音がありませんでした。当時は「ハヒフヘホ」を、現在の「パピプペポ」に相当する[pa,pi,pu,pe,po]と発音していました。いっぽう、古代中国の漢字には[h]の発音がありました。(現代中国語にもあります。) そのため、漢字が中国から日本に伝来したとき、[h]音は、[h]音に比較的近い子音である[k]音に写されました。いっぽうで、古代中国語で[k]音である漢字は、日本語でも当然[k]音で発音されました。その結果、古代中国語では[h]音と[k]音であった漢字が、日本では同じ[k]音に合流してしまいました。
「厚・候・後・后」などは、[hou]であったものが[kou/コウ]に合流した例です。

(2) [-ng]語尾の母音化 ([-u]への合流)

古代中国語には語尾が[ng]音の漢字がありました。(現代中国語にもあります。) これらは日本に伝わったとき、語尾が母音に変化しました。その例として[ong]音は[ou]音に変化しました。そのため、中国語では[ong]音と[ou]音であった漢字が、日本では同じ[ou]音に合流してしまいました。
「孔・工・攻・功・紅・公」などは、[kong]であったものが[kou/コウ]に合流した例です。

(3) [-p]語尾の母音化 ([-u]への合流)

古代中国語には語尾が[p]の漢字がありました。(現代中国語では、普通話には残っていませんが、広東方言には残っています。) また、(1)でも述べたように、古代日本語では「フ」は[pu]と発音されていました。このため、語尾の[p]は、日本では「フ」で表記され、[pu]と発音されました。たとえば、「入」という漢字は古代中国語では[nip]と発音されていましたが、日本では「ニフ」と表記され、[nipu]と発音されました。
そして日本で時代を経る過程で、漢字の語尾の[pu]の発音は[Φu]に変化し、さらに[u]に変化しました。たとえば、「入」の発音は[nipu]→[niΦu]→[niu]→[nju:]と変化しました。「入」を現代日本語では[nju:]と発音し「ニュウ]と表記するのに、歴史的カナ遣いでは「ニフ」と表記するのはこのためです。歴史的カナ遣いは古代日本語の発音の名残をとどめていると言えます。さて、このように[p]語尾が母音化したことで、古代では[pu/フ]と[u/ウ]であった漢字が、現代では同じ[u/ウ]に合流してしまいました。
「劫」などは、古代中国で[kop]音であったものが、古代日本で[kopu/コフ]となり、その後[kou/コウ]に合流した例です。

(4) [-au]の[-ou]への合流

古代日本語で[au/アウ]であった漢字は、現代では[ou/オウ]に合流しました。
「交・向・好・更・効・幸・杭」などは、「カウ」であったものが「コウ」に合流した例です。

(5) [kw-]の[k-]への合流

古代日本語で[kw]であった漢字は、現代では[k]に合流しました。これと、上記の[au]の[ou]への合流により、[kwau/クワウ]であった漢字は、現代では[kou/コウ]に合流しました。
「広・光・恍・皇・荒・黄」などは、「クワウ」であったものが「コウ」に合流した例です。

まとめ

上記の法則(3)〜(5)より、現代カナ遣いで「コウ」である漢字は、歴史的カナ遣いでは、「コウ」、「コフ」、「カウ」、「カフ」、「クワウ」の5種類があるころが分かります。(「クワフ」という読みの漢字は見当たりませんでした。) さらに、法則(1)〜(2)を考えると、古代中国語では、

  • コウ: [hou], [hong], [kou], [kong]
  • カウ: [hau], [hang], [kau], [kang]
  • コフ: [hop], [kop]
  • カフ: [hap], [kap]
  • クワウ: [huang], [kuang]

の14種類に分かれていたことがわかります。(厳密にはもっと細かく分かれるのですが、話がややこしくなるので、割愛します。) これだけ多くの種類の発音の漢字が、現代日本語の音読みでは「コウ」に合流してしまったのです。「コウ」と音読みする漢字がきわだって多いのはこのためと思われます。